みんなの習慣
vol.113
料理会apeyacucina主宰
交野亜希子さん
料理研究家・ワインアドバイザー・ヘルシー&ビューティーフードアドバイザー
イタリアで暮らしたことをきっかけに、イタリアの家庭料理に特化した料理会apeyacucinaを主宰され、イタリアの食・料理文化を伝えていらっしゃる交野さん。料理探求家と名乗られているように、美味しいものを枠にとらわれずに追求し、ご自身の料理を通して表現されています。ワインにも造詣が深く、料理とワインのペアリングやワイナリーについてのお話、国内外の生産者の厳選した素材、そして交野さんのセンスで揃えられた調理用品、器、テーブルウエアを用いた料理会は、日本にいながら格別な体験ができる特別な料理会です。
日々暮らす中で習慣にしていること、大切にしていることはありますか?
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交野さん
日々のランニングを習慣にしています。きっかけは、産後のダイエットのために走り始めました。こどもが成人を迎えたので、20年近いキャリアです。ランニングは、何も持たずに家から走り始めて、また家に帰ってくる。走っている間は、毎日の役割や肩書きから自由になって素の自分に戻れる時間でした。そんな開放感や気軽さから走ることが楽しくなりました。
北麓草水
交野さんは東京マラソンなどの大きな大会にも参加され、記録を残されるなど本格的に取り組んでいらっしゃいますが、以前からスポーツには親しんでいらしたのですか?
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交野さん
幼い頃から、スキー、水泳、テニスなどスポーツが好きでした。私なりに楽しみながらも真剣に取り組んだのですが、目立った成績を残すことができませんでした。ダイエットのために始めたランニングでしたが、市民ランナーの中ではエントリー枠をいただいて大きな大会にも出走することができ、マラソンでようやく自分の中でやりがいを感じることができました。初めて東京マラソンにエントリーした時は、一番でなくても自分のベストを尽くすこと、苦しくてかっこ良くなくても諦めない姿をこどもに見てもらいたいと思い走りました。家族、友人の応援もあって走りきることができました。家に帰るとこどもが手づくりの金メダルをかけて、褒めてくれたことが、とっても嬉しく大切な思い出です。その金メダルは宝物として今でも大切にしています。
北麓草水
走っている時間は交野さんにとって、どのような時間なのでしょうか。お聞かせいただけますか?
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交野さん
走っている間は、日常的に私たちが接しているメディアからフリーになれる、デジタルデトックスの時間でもあります。情報を遮断して無心で体を動かしていると、雲のようにポコポコといろいろな考えや、イメージが浮かんでは消えてゆきます。普段心の奥のほうにしまっている気持ちや意識が、浮かび上がって顕在化してくるのかもしれません。私はその浮かんでくるイメージを肯定も否定もせずにただあるがまま受け取り、手放していきます。何かに迷ったり、料理について考えていたことが、走っているときにふと良いアイディアを思いついたり、そうだ!と腑に落ちるイメージが湧いてきて解決することもあります。日常の中ではなかなかつくることが難しい、自分の心の声に耳を傾け、自分と向き合う時間になっていると思います。
北麓草水
日々の中でとても大切な時間になっているのですね。今後の目標などあれば、教えていただけますか?
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交野さん
2009年にベルリンマラソンに参加したことをきっかけに、世界6大マラソンと言われている、ワールド・マラソン・メジャーズ(WMM)に全て参加することを目標にしてきました。今年ロンドンマラソンへの参加資格を勝ち取ることができ、WMM制覇が叶うところまできました。
北麓草水
それは素晴らしい偉業を達成されるのですね。世界の大会を目指して長い間練習を続けることは、大変な努力が必要なことだと思います。
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交野さん
マラソンは人と競うというより、日々の練習がそのまま結果に表れる自己鍛錬のスポーツです。大会は自分の日々積み上げてきたものの集大成の場だと思っています。30代の時は、走る度に記録が上がりました。40代になって記録が伸びなくなり、以前と同じ練習をすると怪我につながるようになってしまいました。その時に今までの自分を超えることを追求するのではなく、今の自分のベストを探ることに考え方を切り替えました。WMMは年齢別にタイムを評価してくれるので、私にはぴったりなのです。世界中の人と自分の年齢相応の中で競い合える、とても挑戦しがいのある大会です。ロンドン大会を走り終えることができたら、大会への出場を目指すことからは卒業しようと考えています。もちろん走ることは年を重ねても続けていくつもりです。
その他に大切にしていること、習慣としていることはありますか?
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交野さん
日々の食卓、食事を大切にしています。食は人間が生きていく糧であり、全ての基本になると思っているので、「一食入魂」という心構えで毎日、毎回の食事をおろそかにしないようにしています。
北麓草水
食を大切にされ、料理をお仕事にするようになったきっかけがあればお話しいただけますか?
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交野さん
幼い頃から美味しいものに貪欲な、食いしん坊だったと思います。学生時代にスキーの夏合宿で、北イタリアの田舎町に滞在し、その土地から生まれる食材を使った素朴な料理、食事を楽しむ文化に魅了されました。その後家族でイタリアに暮らした時には、毎週末にイタリア各地を周る小旅行に出かけて、その土地の人たちと交流し、農家やワイナリーに滞在し楽しみながら、様々なことを感じ吸収しました。その体験から学んだことを、皆様にもお伝えしようと料理会を始めました。以前からワインサロンを開催し、ワインを紹介しながらお料理を提供してワインとのペアリングについてお話をしていたので、そのことも今の仕事につながっています。
北麓草水
料理教室ではなく、料理会としているのには、どんな思いやお考えがあるのでしょうか。
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交野さん
私から一方的に何かを教えるのではなく、参加してくださる方からもいろいろなことを教えていただきたいという思いがあります。一人一人過ごされた時間、経験をお持ちなので、参加した方々が皆で楽しいこと、美味しいことを伝え合えたらよいと思っています。
北麓草水
SNSで交野さんのご家庭の食卓の写真を拝見すると、とてもカラフルで美味しそうで、見ているだけで幸せな気持ちになります。日々の食事づくりで生かせるような、アイディアやヒントを教えていただけないでしょうか。
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交野さん
我が家の食卓は、料理の数が多いほうだと思いますが、ちょっとしたコツがあります。それはひとつの皿に使う食材の数を1、2種に絞った上で、味わいや調理法を重複しないようパズルのように組み合わせて、品数を増やす方法です。ある日の手持ちの食材が6種類A〜Fだったとすれば、AとBはそれぞれ前菜に、CとDはパスタに、Eはメインに、Fはメインの付け合わせにというようにすれば、6種の食材から5つの料理が完成します。それぞれの料理を暖かいもの、冷たいもの、酸っぱいもの、しょっぱいもの、ほんのり甘いものなど、調理法や味わいをお皿ごとに変えて仕上げれば、バリエーションにとんだ食卓の完成です。また、新鮮で信頼できる生産者の食材を使うことも大切にしています。そして食材は余すことなく、大切にいただくようにしています。 基本は冷蔵庫にあるものを生かして、買い足しは最低限、前日の残りを全く別の料理にリメイクすることもしばしばです。身近にある食材を使って、手際良く家族や大切な人のために料理をして、みんなのお腹と心を豊かに満たしたいと思っています。それは世界共通のマンマ(お母さん)の知恵ですね。
10月に開催される予定のロンドンマラソンに向けて、日々トレーニングを続けていらっしゃる交野さん。長い時間をかけて一つ一つのことに真剣に向き合い続けること。日々の積み重ねと継続が大きな目標を達成する唯一の道だということを教えていただきました。村上春樹さんの「走ることについて語るときに僕の語ること」を愛読されていて、英語、伊語に訳されたものも読まれ、その中から好きなフレーズをマラソン大会の時につけるリストバンドに書いて走られたこともあるそうです。その中から走りながら何度も思い出す好きなフレーズをいくつか教えてくださいました。
“ 昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだから。
走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。 僕らにできるのは、その「ほんの少しの理由」をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。 ”
(村上春樹 『走ることについて語るときに僕の語ること』 より)