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    vol.65

    hotel aiaoi 経営

    小室剛さん・裕子さん

    夫婦で営む6部屋の小さなホテル

    鎌倉の海が見える場所で、古いビルを改装し部屋数6室の小さなホテルを営んでいらっしゃる、小室さんご夫婦です。古い民家で長年使われていた古材や、藍染めの布などの自然素材を使って整えられた客室は、ひとつひとつがそれぞれの物語を持っているように感じられます。aiaoiさんのウエブサイトで室内の様子を拝見し、その美しく清々しい空間に心を惹かれました。その世界観に魅せられ、国内外から訪れる人が後をたちません。よく晴れた春の日に、aiaoiさんのカフェラウンジでお話を伺いました。

    日々暮らす中で習慣にしていること、大切にしていることはありますか?

    • 裕子さん

      鎌倉で暮らすようになってから、ずっと糠床(ぬか床)を大切にして、糠漬け(ぬか漬け)をつくって食べています。

      北麓草水

      aiaoiさんで提供されている朝食の一品には、裕子さん手づくりの糠漬けがありますね。裕子さん、剛さんも毎日召し上がっていらっしゃるのですか?
    • 裕子さん

      はいそうです。朝食は糠漬け、納豆、味噌汁にごはんを食べています。毎朝味噌、漬け物、納豆の3つの発酵食品をいただいています。最近はヨーグルトも自家製でつくって食べています。

      北麓草水

      健康と腸内環境によい食事ですね。そのような食事をはじめられたきっかけがあれば教えていただけますか?また発酵食品を毎朝食べるようになって、体によい変化はありますか?
    • 裕子さん

      鎌倉に住みはじめてから、自然にそのような食事内容になりました。昔から食べ続けられている、普通の食事がおいしく、私たちの暮らしに合っているのだと思います。鎌倉は自然に囲まれているので、近くで採れた新鮮な野菜や、海からの恵みの新鮮な魚が手に入ります。近所にはおいしい豆腐屋さんもあって、毎日つくった人の顔が見え、信頼できるものを安心して食べることができます。あたりまえのことの中にある豊かさに、鎌倉に住むようになって気がつきました。東京に住んでいた頃は、二人で外食をすることも多かったのですが、鎌倉に住むようになってからは、自分達でつくって食べることが多くなりました。近所で買い物をしながら、おいしい魚の食べ方を教えてもらったり、近所の人と挨拶をしたり、日常のあたりまえのことが気持ちよく幸せに感じられるのです。食生活や環境が変わってから、腸内環境はよくなったと思います。体も疲れにくくなって、巡りがよくなったように感じます。体重の増減もなくなりました。自然に夜遅くに何かを食べることもなくなりました。
    • 剛さん

      暮らしと食事が変わってからは、目覚めもよく、腸も元気になったと思います。

      北麓草水

      お話を伺いながら、裕子さんが大切にされている糠床を見せていただきました。ふたを開けると、酸味のある香ばしいよい香りが漂います。裕子さんが、ご自分の糠床を持つ時に、ご実家やご友人から糠床の糠を少しずつわけてもらい、新しい糠とまぜてつくったそうです。ご自分の味をつくるために、生姜なども加え少しスパイシーでさわやかな風味がする、裕子さんオリジナルaiaoiの糠漬けをつくられています。そして糠床に愛情をかけて育てていらっしゃるようでした。ホーローの容器のふたの裏には、「ありがとう」と裕子さんの手書きの文字が貼られています。
    • 北麓草水

      「ありがとう」の文字は、糠床に対しての言葉ですか?
    • 裕子さん

      そうです。ちょっとおもしろいですよね。糠床をかわいがって育てている感覚です。

      北麓草水

      糠床には乳酸菌などたくさんの菌が生きていて、その働きで、入れた野菜などを風味豊かにおいしくしてくれます。愛情と感謝を持って、糠床で生きている菌に接していらっしゃるのですね。愛情をかけていると、糠床のコンディションもよくなりますか?
    • 裕子さん

      菌に言葉の意味はわからなくても、生き物ですから響き合い、毎日接している私や剛さんの心と体の状態は伝わるのだと思います。鎌倉に住みながら、東京に通勤をしていた時も糠漬けをつくっていましたが、その頃よりもずっとおいしくなったと思います。時間に追われて暮らしている時より、自分たちのペースで暮らすようになって、私たちの体やまわりの空気が心地よく整っているのが、糠床の菌たちにも伝わっているのではないでしょうか。

    その他に大切にしていること、習慣にしていることは何かありますか?

    • 剛さん

      無理をしないこと。無理に笑顔をつくったりしないことです。もちろん、本当に楽しいときは笑いますよ。それが自然だと思いますから。接客業としては、模範的ではないかもしれませんね。私たちの日々は、宿泊施設、観光業を仕事としているというよりも、絵描きが絵をかくようなイメージで表現をしているという感覚です。このホテルをはじめたのは、自分たちがこの土地で暮らして感じたことを、ここを訪れて時間を過ごして下さるお客様にも感じてほしいと考えたからです。一泊ホテルで過ごす中で、何かを感じていただくことは、言葉や文字でメッセージを伝えるよりも、繊細なことだと思います。空気を通して伝わること、感じることの方が、相手の深いところに伝わるのではないかと思っています。aiaoiではいつでもその空気が流れるようにと、心配りしています。自分自身も、心を柔軟にして、新しいものをインプットするようにしています。そのためにも、毎日読書の時間は持つようにしています。

      北麓草水

      お忙しい毎日の中で、どんな時間に本を読まれるかお話いただけますか?本を読むことは以前からの習慣でいらしたのでしょうか?
    • 剛さん

      その日によって、お客さまの動きも日々違うので、この時間にと意識だけはしておいて、可能な範囲で読めたら手に取るようにしています。あとは、寝る前に読みます。本は中学生の頃からよく読むようになりました。会社員時代は、通勤中あえて電車の座席に座らずに、本を読む時間をつくっていました。座ると寝てしまいますから。お店をはじめてすぐの頃は、目の前のことでいっぱいになり、本を読まない時期がありました。
    • 裕子さん

      本に限らず、やりたいのにできなくなったこと、やらなくなってしまったことが増えました。自分たちの好きなことができないのに、それを我慢してまでお店をやっても、誰も幸せにならないなと思うようになりました。
    • 剛さん

      そのことに気がついてから、自分たちのやりたいことは、のびのびとすることで、それがお店にもよい空気や流れをつくることになると考えるようになりました。そして大好きな本を読む時間をつくるようにしました。

      北麓草水

      お二人は好んで読まれる本のジャンル、作家などあれば教えていただけますか?または、おすすめの本などあれば教えていただけますか?
    • 剛さん

      なんでも読むようにしていますが、小説だと宮沢賢治、ポール・オースター、ヘルマン・ヘッセは読むたびに発見があって、何度でも読みたいです。最近は戦時中の話を書いた作品を、フィクション、ノンフィクションを問わず読んでいます。また、人に好きな本やおすすめを聞いて、それを読むことも多いです。お気に入りの書店によく足を運び、棚と長時間にらめっこをしています。
    • 裕子さん

      買う本、借りる本、出会う本、に分けられるなと思います。買う本は、好きな作家さんで繰り返し読みたいとか、応援したいなと思う時に買います。借りる本は、ジャンルや作家を問わず、本に登場した本や、映画をきっかけに知った本、新聞で見つけた本のように、気になったものは図書館や友人に借りて読みます。そこから気に入ったものは買う本になることもあります。出会う本は、すてきな書店や古本屋さんで、ここだから出会えたなあ、ありがたいなあと思う本です。西洋絵画が好きなので、絵画の解説本や絵画についてのエッセイなどは、そうやって手に入れて読みます。沢山ある好きな本の中から、私のおすすめの本は、よしもとばなな「王国」シリーズ、レイチェル・カーソン「センス・オブ・ワンダー」、エンリケ・バリオス「アミ小さな宇宙人」シリーズ、向田邦子「暮らしの愉しみ」です。

    ホテルの中には、本とお茶が置かれている読書コーナーがあって、さりげなく本と出会える場がつくられています。本のお話を伺っていても、お二人の豊かな内面が感じられました。初めて訪れた、遠い異国の海辺の町のホテルのようでありながら、田舎の家に帰ってきたような懐かしさ。非日常でありながら、日常を想う。古いものに囲まれていながら、新鮮さを感じる。驚きながら、心地よく落ちついていられる。一見相反することが、心地よく共鳴しているのは、お二人の心の豊かさと、探究心を持って真摯に暮らしに向き合うことから、つくり出されているのだと感じました。気持ちよい空間と時間の先にお二人からの贈りものがあるのかもしれません。ありがとうございました。