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    vol.79

    フードディレクター

    桑木野恵子さん

    里山十帖の料理長をつとめる

    新潟県南魚沼市にある温泉宿里山十帖は、築150年の古民家を移築したレセプション棟と一室ごとに異なるコンセプトでつくられた客室、そして眺めのよい露天風呂と豊かな自然に惹かれ、国内外から訪れる人が絶えない人気の宿です。野菜を中心に地元の食材を使ってつくられる、桑木野さんの創作料理を目的にリピートされる方も多いそうです。毎日、自然や食材と向き合われている桑木野さんの日々の習慣についてお話を伺いました。

    日々暮らす中で習慣にしていること、大切にしていることはありますか?

    • 桑木さん

      今の季節は(取材に伺ったのは、5月中旬)、毎朝その日にお客様にお出しする山菜を採りに行きます。里山十帖の周りの山を少し歩くと、様々な種類の山菜を見つけることができます。沢山採るのではなく、その日に使うだけ、種類は多い時で20種類以上の山菜を集めます。

      北麓草水

      山菜と聞くと、ワラビ、ゼンマイ、ふきのとうなどが思い浮かびますが、そんなにも種類が豊富なのですね。
    • 桑木さん

      この辺りは、様々な種類の植物が同じ場所に生えていて、山菜もすぐ近くに何種類も見つけることができる、とても恵まれた山だと思います。今年は4月に冷え込んで積雪があったので、山菜の採れる季節が長く、6月末頃まで山菜料理をご提供できそうです。

      北麓草水

      昨日いただいた夕食では、初めて食べる山菜や食材が数多くありました。一品ごとに山菜の豊かな香りや爽やかな風味、食感と美味しさに驚き感動しました。山菜の豊かさと滋味深さを初めて体験しました。
    • 桑木さん

      里山十帖では、ご提供する食事を早苗饗(さなぶり)と呼んでいます。早苗饗とは、田植えが終わった後、その年の豊作を祈りつつ田植えに協力してくれた人々をもてなす食事のことです。日本の伝統を大切にしながら、この土地でとれた米、山菜、おいしく力のある野菜を中心に料理をつくりご提供しています。

      北麓草水

      桑木野さんは、エステティシャンとして海外でも働かれた経験をお持ちだそうですが、料理の道に入られたきっかけはどのようなものだったのか、お聞かせいただけますか。
    • 桑木さん

      エステシャンとして働き、本当の美しさとは何かと追求する中で、ベジタリアン料理やアーユルベーダを学んだことが、料理との出会いです。ここ南魚沼に来るまでは、仕事をしながら国内、海外様々な所に行きました。今はこの土地に暮らしているからこそ、分かることがあるなと感じています。ここに暮らして6年になりますが、毎日、毎年、自然の美しさに感動します。そして自然の豊かさとそれを生かして、代々この土地で命を繋いできた人々の知恵の奥深さ、それは縄文時代から続いていて、文化としてしっかり残っているのです。

      北麓草水

      この近くでは、リゾートマンションを建てる時に、大規模な縄文遺跡が発見されて、大掛かりな発掘調査が行なわれたと聞きました。その時代からの生きるための知恵が文化として残っているとは、日本人のルーツを感じさせる壮大なお話ですね。例えばどんなことか、教えていただけますか。
    • 桑木さん

      食で言えば、山菜や木の実の食べ方などです。採ってすぐに食べられるものもあれば、そのままではアクが強くて、とても口にできないものもあります。時間と手間をかけて、アクを抜きながら風味や美味しさを引き出す方法は、長い時間をかけてその技が出来上がり、今に受け継がれてきました。手間と時間のかかる様々な方法を知れば知るほど興味深いです。これを美味しく食べたい。という欲求もあるでしょうが、これだけの手間をかけてすることが、1万年以上にわたって続いてきたのは、他に何か特別な意味があるのではないかと感じます。私がこの土地に6年間住んで感じるようになったのは、この山の恵みをいただいて、この土地、山に生かされているという感覚です。来たばかりの頃には、感じることができなかったことも、この土地に住み続けることで、感じ分かるようになりました。この土地に代々住み続けている人たちは、それをもっと強く、または無意識に感じているのだと思います。この土地で生きていくには、この土地の恵みをいただいて、自然、山から力をもらう必然があるのだと思うようになりました。同じ植物でも生えている山によって、味が違うのですよ。

      北麓草水

      昨晩の食事はまさに、山の旬をそのままいただいたような感じがしました。
    • 桑木さん

      そう感じていただけて嬉しいです。

    その他に大切にしていること、習慣にしていることは何かありますか?

    • 桑木さん

      料理に使う調味料はすべて、無添加、天然醸造のものを使っています。それ以外にも自家製の発酵食品や保存食、漬物などをつくっています。地元の猟友会の方から鹿、熊の肉を分けていただいたものを、干し肉にしたり、季節の木の実や花をはちみつ漬けにしたりしています。

      北麓草水

      桑木野さんが実験室のようなところ、という発酵室を見せていただくと、ガラス瓶に入った様々な果実酒や蜂蜜漬け、野菜の漬物が棚に並び、壁には、肉や柚餅子(ゆべし)が吊るしてあります。まさに様々な材料が並ぶ、実験室か図工室のようです。
    • 桑木さん

      これらは、そのまま料理に使うというよりは、料理として形になる前のアイディアの元となる材料の一つです。食材の魅力を引き出すために、これを少し加えてみようか。とか新しい料理を自分の中で想像を巡らせて、試作をしてみる時に使います。この柚餅子は、私たちの田んぼで収穫した稲のわらで包んでいます。稲は本当に捨てるところがありません。米は食用に、わらは生活の道具になり、燃やして魚などを燻すのに使います。そして灰は、木の実や山菜のアク抜きに使います。

      北麓草水

      それも素晴らしい食文化、知恵の一つですね。自然と人の暮らしが密接に繋がって、一つになり生かされていることを感じるお話です。
    • 桑木さん

      四季折々で自然の美しさ、山の恵みがあります。ここを訪れてくださった方には、自然と共にある時間と空間をゆっくりと楽しんでいただきたいと思っています。

    新潟に住む友人に、「風のような素敵な人ですよ。」と紹介を受けてお会いした桑木野さんは、はつらつとした笑顔で朝早くから夜遅くまで、元気に動き続けていらっしゃいました。本当に彼女の周りには、爽やかな風が吹いているようでした。ここで料理をつくり働いていることが楽しくて仕方がない、と話してくださいました。土地に生きて、その恵みや力をいただき、自然と人が近く、ある時は一体になり生きていく、そんな幸せな姿を見せていただいた気がします。ありがとうございました。